『マンスリー彼氏(월간남친)』を観終わったあと、しばらくソファから動けなかった。笑って、ちょっと泣いて、そして妙に居心地の悪い沈黙が胸に残った。コメディだと思って気軽に再生ボタンを押したのに、気がついたら自分自身の孤独の輪郭をなぞらされていた。そういうドラマだった。
バーチャル彼氏に恋をする、その入口のリアルさ
仕事に追われるソ・ミレがデートアプリのバーチャル彼氏に心を動かされる——この設定を聞いたとき、正直に言うと「またAI恋愛モノか」と身構えた。近年このテーマは飽和状態で、新鮮味を出すのが難しいジャンルだと思っていたから。ところがこのドラマ、ミレがバーチャル彼氏に惹かれていく過程の描き方が異様に丁寧で、私は序盤から完全に没入してしまった。
疲れて帰宅した深夜、画面越しに「今日も頑張ったね」と言われる。たったそれだけのことが、なぜあんなに沁みるのか。イ・ジスの演技がここで光る。目元がほんの少しだけ緩んで、でもすぐに「何やってるんだろう私」と自嘲するように笑う。あの表情の移ろいに、私は自分を見た。恥ずかしいけど、通知音ひとつで気持ちが浮くあの感覚を、私も知っている。
冷静な自分が引っかかった「月替わり」の仕掛け
タイトルの「マンスリー」が意味するところは、毎月バーチャル彼氏のタイプが変わるというシステム設計にある。ここが物語の推進力であると同時に、私のなかのもうひとりの自分——分析モードの自分が「ちょっと待って」と声を上げた箇所でもある。
月ごとにキャラクターが入れ替わるということは、ミレが恋する対象は実質「概念」であって「人格」ではない。ドラマはそこを意図的に曖昧にしている節がある。ソ・インクク演じるバーチャル彼氏の造形が魅力的すぎるせいで、視聴者はつい「この人」に感情移入してしまうのだけれど、物語構造としてはミレが恋しているのは「自分が求める理想の応答」そのものだ。この欺瞞に気づいたとき、笑えるコメディシーンの裏に薄く敷かれた残酷さが見えて、背筋がうすら寒くなった。
キム・ジョンシク監督はこの不穏さを隠さない。中盤以降、ミレが現実の人間関係とバーチャルの関係を天秤にかけるシーンが増えていくが、そこにBGMを入れず、沈黙で見せる演出がいくつかある。あの沈黙が、私にはいちばん怖かった。
「本気で恋、しちゃうかも?」の先にある問い
このドラマが単なるラブコメとして消費されるだけなら、TMDbの8.5というスコアにはならなかったと思う。物語が最終的に突きつけてくるのは「人間は、応答してくれるものなら何にでも恋ができてしまう」という、身も蓋もない人間の本質についての問いだ。
コン・ミンジョン演じるミレの同僚が、終盤でぽつりと言う台詞がある。具体的な内容はネタバレになるから避けるけれど、あの一言で、私はこのドラマが「テクノロジー批判」ではなく「人間の寂しさへの肯定」をやろうとしていたのだと気づいた。批判するのは簡単だ。でもこのドラマは、バーチャルに恋する人間を笑わない。笑わないまま、それでも現実に手を伸ばすことの意味を静かに描く。チョ・ハンチョルが演じる上司の存在が、その「現実」側のアンカーとして見事に機能していて、脚本のバランス感覚に唸った。
ここだけの話、観終わったあと自分のスマホのアプリ一覧を眺めて、少し考え込んでしまった。私たちはもうとっくに、画面の向こうの「応答」に依存している。このドラマはSFの皮をかぶっているけれど、描いているのは2026年の今、すでに始まっている現実だ。笑えて、切なくて、そしてほんの少しだけ自分が怖くなる。そういう作品に出会えたことが、素直に嬉しい。
体感点数:84点


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