VISION ― 疾走と静止の間にある、横浜の夜
公開前夜というのは、妙な興奮がある。映画館に向かう前に、予告映像を何度も見返してしまう作品がある。名探偵コナン ハイウェイの堕天使は、まさにその一本だ。特報映像で一瞬映る黒いバイク「ルシファー」の輪郭を目にしたとき、私は思わず再生を止めた。スピードがある。ただのアクション映像じゃない。何かに追われている、あるいは何かを追い続けている者の切迫感が、数十秒の映像の中に圧縮されていた。バイクが画面を横切るその一瞬に、膨大な「来歴」が感じられる。このバイクはなぜここにいるのか、誰が乗っているのか、なぜ止まれないのか。問いが三つ、同時に湧き上がった。
舞台は横浜・みなとみらい。劇場版コナンが都市を舞台にするとき、その街はただの背景にならない。黄昏のランドマークタワーが、夜の首都高の光帯が、海峡を渡る橋のシルエットが、物語の感情を増幅する装置として機能する。神奈川の高速道路という空間には、特殊なルールがある。高速の上では後戻りができない。車も人も、ただひたすら前に進むしかない。逃げ道のなさ、追い詰められていく感覚、そしてそれでも速度を落とせないもどかしさ。その物理的な制約が、物語に独特の緊張感を与えるはずだ。高速道路を舞台に選んだことは、単なるロケーション選択ではなく、物語の主題を空間で表現する試みだと私は読んでいる。
The Pop Score
Rating based on impact and craft.
監督の蓮井隆弘は「黒鉄の魚影」でも硬質でシャープな映像を作り上げた。今作はそれよりさらに「風」を感じさせる動きがある。バイクが空気を切る瞬間の残像、千速のゴーグルに映る街の光、そして夜の首都高を疾走するルシファーの影。劇場版コナン史上でも高水準の映像体験が期待できる。こういう感触は、予告映像の段階から伝わってくることがある。そしてそれが当たったとき、映画館の暗闇はただ暗いだけではなく、何かを体感する場所になる。
EXECUTION ― 「風の女神様」という人物設計の巧みさ
萩原千速という人物について、少し考えてみたい。神奈川県警交通機動隊の女性警官で、バイクの達人。公式サイトには「蘭がいつか見た風の女神様」という表現がある。この「いつか見た」という時制が巧妙だ。千速は今作で初めて登場するキャラクターだが、蘭の記憶の中にはすでに存在している。そのズレが、物語に奥行きを与える仕掛けになっているはずだ。私たちが知らない過去の出来事の中で、蘭と千速はどこかで交差していた。その交差点がいつ、どんな文脈で明かされるのか。それだけで一つの感情的な伏線が完成している。
劇場版コナンにおける「新キャラクター」の設計は常に慎重だ。29作という膨大な積み重ねの中で、新しい人物を登場させることには一定のリスクがある。ファンが慣れ親しんだ関係性を壊さず、かつ新鮮さを担保しなければならない。千速の設計——交通機動隊という特殊な職業、バイクという移動手段としての身体性、「風の女神様」という詩的な称号——は、既存キャラクターとの差別化として機能している。灰原でも世良でも服部でもない、独立したプロフェッショナリズムを持つ存在として、千速はシリーズに加わる。彼女が何を守ろうとしているのか。その動機が明かされたとき、私たちはルシファーへの見方が変わるはずだ。
脚本については事前情報が限られているが、蓮井監督の作品傾向から推測すると、感情の伏線回収は緻密に設計されているはずだ。「黒鉄の魚影」では灰原哀の内面が物語の核心にあったが、今作では「追う者と追われる者」という構図をどう複雑化させるかが見所になる。単なるカーチェイスで終わらせない、動機の深掘りを期待している。ルシファーに乗る人物が最終的に何者であるか——その答えが千速の物語と絡み合うとき、この映画は単なるアクション作品を超えた何かになるはずだ。世良真純の登場も確認されており、バイク好きの世良と、バイクのプロである千速が同じ画面に収まる場面は相当な見どころになる。
RESONANCE ― 29作目にして「また来てしまった」という感情
正直に言う。私は劇場版コナンを毎年見ている。熱烈なコナンファンだというわけではなく、途中で離れた時期もある。それでも、なぜか毎年4月になると映画館に足を運んでしまう。この「また来てしまった」という感情を、私はずっとうまく言語化できなかった。コナンが好きだから、というのは正確ではない。劇場版のクオリティが毎回保証されているから、というのも半分しか正しくない。おそらく本当の理由は、「この世界に戻ってくることの安心感」だと思う。コナンと蘭と小五郎がいて、事件があって、謎が解かれる。その構造が変わらないことが、ある種の信頼になっている。
今作で私がもっとも気になっているのは千速と蘭の関係だ。蘭が「いつか見た」という記憶の中の千速。その記憶がどんな文脈で刻まれたのか、物語のどこかで明かされるはずだ。女性同士の共鳴——千速のプロとしての強さと、蘭の感情的な強さが交差する場面があるとしたら、それは今作の感情的クライマックスの一つになると予感している。コナン映画の「泣き所」は、だいたい感情の積み重ねが一気に解放される瞬間にある。今作でその瞬間を担うのは千速だろう。公開前から、そう確信している。この確信が外れるとしたら、それはそれで興味深い裏切りになる。どちらに転んでも、映画として面白い。
毎年4月の第二週、私はこうして映画館の暗闇の中にいる。隣に誰かがいることもあれば、一人のこともある。それでも、コナンの劇場版を見終わったとき、いつも「来てよかった」と思う。感情がきれいに収まらないときも、期待と違ったときも、必ずそう思う。29年積み重なった信頼というのは、そういうものだと思う。
DEPTH ― 「速度」という主題が問いかけるもの
バイクアクションというジャンルには、独特の哲学がある。車と違って、バイクはむき出しだ。鉄のボディに守られていない。風に、重力に、道路の凹凸に、乗り手が直接向き合う。それはある種の脆弱性であり、同時に最も純粋な形の「速度への意志」だ。だから、バイクに乗るキャラクターは必然的に「覚悟」を身体で示すことになる。千速が追い続ける謎のバイク「ルシファー」。その名前が示唆するのは「堕落した光」、つまりかつて輝きを持ちながら何かを失った存在だ。このネーミングは偶然ではない。脚本の段階から、ルシファーというバイクには「過去を持つ」という設定が込められているはずだ。
この映画が「速度」をテーマに選んだことの意味は、表面的なアクション描写以上に深い。速いということは、立ち止まれないということでもある。高速道路では後戻りできない。選んだ道をただ進むしかない。それは人生の選択の比喩でもある。千速がルシファーを追うとき、彼女もまた何かに突き動かされている。その「何か」が何であるかを、映画は徐々に明かしていくはずだ。そして、それが明かされたとき、高速道路という舞台の意味が変わる。物理的な疾走が、感情的な疾走と重なる。劇場版コナンが得意とする、「空間と感情の同期」だ。
劇場版コナンのサブタイトルは毎回、物語の終わりに意味が変わる。「ハイウェイの堕天使」という言葉も、映画を見終わった後では最初とは違う響きを持つはずだ。ルシファーという名のバイクが誰のものであり、その人物が「堕天使」と呼ばれる理由が明かされたとき——おそらく私はサブタイトルを頭の中で反芻しながら映画館を後にするだろう。それが劇場版コナンの、29年変わらない仕掛けだ。
IMPRESSION ― 29作目という「奇跡」について
劇場版コナンが29作目を迎えた。1997年の第1作から数えて、ほぼ30年。これは日本映画史においてほとんど前例のない記録だ。シリーズが続くことは当たり前に見えるが、実際には「毎年これを維持すること」の困難さは想像を絶する。キャラクターの整合性、世界観の維持、本編アニメとの関係性、新鮮さと継続性のバランス——これらを29年間保ち続けてきたことは、単純に「奇跡」という言葉しか出てこない。興行収入が毎年更新されるシリーズというのも珍しいが、コナン映画はそれをほぼ達成してきた。社会現象になりながら、同時に「映画としての質」を維持する。その両立は非常に困難なはずだ。
私がコナン劇場版で評価しているのは、「本編との接続のあり方」だ。劇場版はオリジナルストーリーでありながら、キャラクターの感情線が本編の延長にある。特に近年は本編の重要な流れが劇場版に影響を与えるようになっている。ハイウェイの堕天使もその流れにあるとすれば、映画を見た後で本編を見返したくなる衝動が生まれるはずだ。千速という新キャラクターが本編にも登場するようになれば、今作はさらに重要な位置づけになる。29作目は、シリーズの総決算に向けた重要な一手でもある。
CLOSING ― 「千速」という新しい扉
4月10日まで、あと少しある。その間に予告映像を見返し、公式サイトのテキストを読み込み、なんとなく身構えて劇場に向かうことになるだろう。そういう「待つ時間」も含めて、コナン映画の体験だと私は思っている。映画を見る前の自分と、見た後の自分は必ず違う。期待の色と、受け取った感情の色が、どのくらいずれているか——それを比べることも、映画体験の一部だ。
千速という新キャラクターが、このシリーズにどんな風穴を開けるか。ルシファーと呼ばれる黒いバイクが、最終的に何者であるかが明かされたとき、私は何を感じるだろうか。それが楽しみで仕方ない。映画を見た後、この文章を書き直したくなるかもしれない。それはそれでいい。事前の期待と、鑑賞後の感情のズレ——それもまた映画体験の一部だから。29作目の劇場版が終わったとき、また来年も来ようと思える自分がいるだろうと、今から確信している。
TEMPERATURE ― 期待値メーター
◎ 熱狂
体感期待点数:92点(公開前評価)
29作目にして「新しい風」を感じさせる設定と映像。千速という人物設計の巧みさ、横浜みなとみらいという舞台の映像的ポテンシャル、そしてシリーズへの変わらない信頼感が合わさった一作。公開後のレビューに続く。
🎬 Amazonでこの映画を観る・購入する
「名探偵コナン ハイウェイの堕天使」をAmazonで探す / Detective Conan Angel of the Highway(英語)
※Amazonアソシエイトリンクを含みます
作品情報:The Movie Database (TMDb)
この記事を書いた人
零(れい)
映画・アニメ・漫画を深く観るための考察ブログ FRAME ZERO の書き手。没入と批評の両立を目指している。感動すると素直に泣くし、演出の粗も気になる。最終的にはいつも人間に興味が行き着く。


コメント