『クライム101』を観た。観終わったあと、しばらくソファから動けなかった。
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The Pop Score
Rating based on impact and craft.
ハイウェイ101号線の向こう側に見えるもの
正直に言うと、序盤はかなり楽しかった。クリス・ヘムズワース演じるデーヴィスが、4年間にわたって完璧な強盗を繰り返してきた手口を見せていく部分は、ちょっとした爽快感すらある。アメリカ西海岸を縦断するハイウェイ101号線という舞台設定も効いていて、あのだだっ広い景色の中を、捕まらない男がすり抜け続けていくイメージが頭に焼きついた。クリス・ヘムズワースがここまで「冷たい知性」を纏えるとは思っていなくて、それだけで最初の30分は引き込まれた。
マーク・ラファロの刑事との駆け引きも好みで、この二人のシーンになるたびに姿勢が前のめりになっていた。「あの刑事、絶対何かに気づいてる」「いや、まだわからない」という予測のたのしさが続く。バリー・コーガンも相変わらず不穏な気配を全身から漂わせていて、画面に出てくるだけで緊張感が上がった。
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ハル・ベリーが運んでくる「綻び」の重さ
問題は、デーヴィスがシャロン(ハル・ベリー)に近づく中盤以降だ。ここから映画の温度がじわりと変わる。完璧だった男に、初めて「感情」が入ってくる。
恥ずかしいけど、私はここで少し泣いた。泣いた、というか、胸が痛くなった。デーヴィスはシャロンを利用するために近づいたはずなのに、いつの間にかその境界が曖昧になっていく。彼が「共謀」を持ちかける場面の台詞の一つひとつが、計算と本音が混ざり合っていてひどく苦しかった。ハル・ベリーもよかった。彼女の演じるシャロンは決して単純な被害者ではなく、自分の利益と欲望を持ちながらも、どこかで人間的なつながりを求めてしまっている。その矛盾が画面から滲み出ていた。
この映画が描きたいのはたぶん、「完璧さ」が壊れる瞬間だと思う。技術でも偶然でもなく、人を信じてしまったことで人が崩れていく。その皮肉の構造が、犯罪スリラーという衣をまとってはいるけれど、じつはかなり普遍的なテーマを孕んでいる。
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メタな目で見てしまう自分との戦い
ただ、没入しながらも引っかかる部分がいくつかあった。
バート・レイトンはドキュメンタリー出身で、フィクションに独特のリアリティを持ち込む監督なのだが、今回は逆に「作られた感」が出てしまっている箇所がある。中盤の感情的な転換が少し急すぎて、「そこまで揺らぐか?」という疑問が浮かんでしまった。デーヴィスの心理変化にもう少し時間をかけてほしかった。4年間ミスなしの人間がこれほど速く崩れるなら、その「速さ」自体を丁寧に描かなければ説得力が薄れる。
伏線の張り方も、回収できているものとそうでないものの落差が気になった。ニック・ノルティが演じる人物は、もっと物語の核心に絡むのかと期待していたのだが、最終的にはやや消化不良で終わった気がする。もったいない。
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「完璧」でいることの、すさまじい孤独
それでも観てよかったと思っている。この映画が最後に残すのは、完璧な犯罪者が内包していたとてつもない孤独だ。ミスをしないということは、誰とも深く関わらないということでもある。デーヴィスが4年間「完璧」でいられたのは、彼が人間としての部分を封じていたからで、シャロンとの接触はその封印に最初の亀裂を入れた。
人は誰かに触れてしまうと、完璧ではいられなくなる。それは弱さなのか、あるいは人間に戻ることなのか。どちらとも言い切れない余韻が、エンドロール後もしばらく続いた。
Blu-ray・配信でじっくり見直したい一本だと感じている。
体感点数:74点


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