銀魂°を観た。正確には「観てしまった」と言うべきかもしれない。一話だけのつもりがずるずると引き込まれ、気づいたら夜が明けていた、そういう体験をした。
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The Pop Score
Rating based on impact and craft.
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笑いながら泣いている自分が恥ずかしかった
正直に言うと、最初はなめていた。ギャグアニメでしょ、気楽に観よう、くらいの温度感で再生ボタンを押した。ところがどうだ。下ネタと下品な言葉遊びで腹を抱えて笑っていたと思ったら、気づけば泣いていた。しかも一度や二度じゃない。何度もやられた。
神楽が誰かを守ろうと体を張るシーン、万事屋の三人が一言も言葉を交わさずに背中を預け合う瞬間、そういう場面でこちらの感情は完全に持っていかれる。笑わせておいて泣かせる、そのグルーヴが尋常じゃない。「ギャグ作品」という前提で構えている分、感情の揺さぶりへの防壁が下がっているのだと思う。銀魂はそこを知り抜いている。
恥ずかしいけど、泣いた後で「またやられた」と思いながらにやにやしていた。あの感覚は他のアニメではなかなか味わえない。
分析しながら観ている自分が顔を出してきた頃
夢中になって数話進んだあたりで、冷静なもうひとりの私が起き出してきた。これ、構成がうまい。パロディのセンスが異様に高い。タイムストップのエピソードなんて、ギャグとしての精度が高すぎてもはや職人芸だと思った。
ただ同時に、ところどころ「これは引っ張りすぎじゃないか」と感じる間延びも正直あった。ギャグのテンポが神がかっている回の直後に、少しエンジンが落ちる回が来る。それは欠点と呼んでいいのかわからない。長期シリーズの宿命かもしれないし、あのリズムの波こそが銀魂の呼吸なのかもしれない。気になるけど、憎めない。
それよりも私が気になったのは、この作品がメタ構造を当たり前のように使い続けていることだ。「アニメだから」「漫画だから」という枠組みを笑いのネタにしながら、同時にその物語の内側で真剣に人が傷つき、泣き、立ち上がる。そのダブルスタンダードを成立させているのはなぜなのか、しばらく頭から離れなかった。
「ふざけること」を選んだキャラクターたちについて
考え始めると止まらないのが、銀時というキャラクターだ。彼は間違いなく強く、深く傷ついていて、誰よりも大切なものがある人間なのに、表面上はほとんどいつもだらしなくて飄々としている。その落差に私はずっと引っかかっていた。
あれはたぶん、ふざけることを意図的に選んでいるんだと思う。真剣な顔をして何かを背負い込んだとき、人はどこかで折れる。だからこそ笑い飛ばすことで、自分の核にあるものをかろうじて守っている。銀魂という作品全体が、実はその構造と同じじゃないか、と私は感じている。ギャグと感動を行き来し続けることで、この作品は自分自身を守っている。
シリアス一辺倒では語れない痛みがある。でもそれを正面からだけ受け止めたら壊れてしまうものがある。笑うことは逃げではなく、ひとつの強さなのかもしれない。銀魂はそれを体で見せてくれる作品だ。
観終わった後、なんだか元気になっていた
最終的にこれだけは言える。この作品を観た後、私は妙に元気になっていた。理屈ではない。泣いて笑って、また泣いてを繰り返した末に、なんだか肩の力が抜けているような、そんな感覚があった。
MALスコア9.1というのは伊達じゃない。熱狂的に支持される理由が、観ればわかる。ただ私個人としては、スコアよりもむしろ「なぜこれだけ多くの人がこの作品を何年も語り続けるのか」という問いの方が気になって仕方ない。答えはおそらく、銀魂が「笑えるから」ではなく「銀魂じゃないと埋められない何かがあるから」だと思っている。
未視聴の方は、配信で気軽に一話から試してほしい。
体感点数:88点
作品情報:The Movie Database (TMDb)


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