時間を巻き戻すたびに、何かが壊れていく 『STEINS;GATE』という体験について

アニメ感想

『STEINS;GATE』を観終わった。正確には、最終話を観てからもう三日経つのに、まだ頭の中にオカリンがいる。こういう作品のことを「刺さった」と表現するのが正しいのかよくわからないけど、刺さったという言葉以外に思い当たらない。

「これ、SF的に大丈夫なの?」と思いながら泣いていた

序盤、正直なところ少し乗り遅れた。岡部倫太郎という主人公が「狂気のマッドサイエンティスト」を自称しながら中二病的な独り言をつぶやいていて、「ああ、こういうノリか」と少し引いてしまった自分がいる。ラボの空気感は好きだったけど、テンポがゆっくりで、何を観せられているのかしばらくわからなかった。

The Pop Score

Rating based on impact and craft.

9.2

でも7話あたりを境に、物語の色がまったく変わる。あの瞬間、私の「ゆるく観ていた感覚」が完全に消えた。画面を食い入るように見ていた。気づいたら次話の再生ボタンを押していた。そういう種類の没入感。

タイムリープという題材はSFの古典的なモチーフで、ご都合主義に陥りやすい。実際、中盤以降は「あそこでそのメールを消せばいいじゃないか」「ここにこう介入すれば問題ないはず」と画面に向かって小声で突っ込んでいた。でも不思議と、その矛盾の感触がすべて「世界線の収束」という設定によって巧みに吸収されていく。観ているこちらが詰んでいくのと並走して、オカリンも詰んでいく。それが怖かった。

繰り返しの中で「消耗していく人間」を描く丁寧さ

この作品が凄いと思うのは、タイムリープを何度も繰り返すことの「コスト」を描いている点だ。多くのタイムリープものは、繰り返すことで主人公が強くなっていく。情報を積み上げて、最適解に近づいていく。でもオカリンは、繰り返すたびに何かを失う。記憶を持ったまま同じ悲劇を何度も目撃し続けることが、人間の精神にどれほどの傷を刻むか。それをアニメという媒体でここまで真剣に描いたことに、私は少し驚いた。

恥ずかしいけど、オカリンが限界を超えてもう一度立ち上がるシーンでは声を出して泣いた。彼が「狂気のマッドサイエンティスト」という虚像を纏っているのは、弱さを隠すためだったんだと腑に落ちたとき、序盤の中二病的な言動すべての意味が書き換わった。物語を通じてキャラクターの解像度がここまで上がる体験は、そう多くない。

「選択」と「記憶」はどこに属するのか

観終わってからずっと考えていることがある。オカリンは最終的に「誰も覚えていない選択」をする。自分だけが知っていて、自分だけが抱えていく行動。それが正しかったかどうかを確かめる方法はない。

これはタイムトラベルの話を借りた、「人間の選択はどこに刻まれるのか」という問いだと思う。誰かに認知されなかった行動は、存在したことになるのか。記憶されない善意に意味はあるのか。オカリンの苦しみは、タイムパラドックスではなく、根本的にその問いから生まれている気がしてならない。

現実に引き寄せると、私たちも毎日「誰にも見えない選択」をしている。それが積み重なって人格になっていくとしたら、オカリンが命がけで守ったものの重さは、フィクションの枠をはみ出してくる。

何年経っても語られ続ける理由が、少しわかった気がする

放映から十年以上経って、今でもこの作品を「神作」と呼ぶ人が多い理由が、観る前はよくわからなかった。でも今ならわかる。ストーリーのギミックが巧みなだけじゃなく、その中心に「壊れそうになりながら誰かを守ろうとする人間」がいるから、色褪せないのだと思う。

気になった方はぜひBlu-rayや配信で観てほしいと書きかけて、「でも気軽に観てね、とは言いにくい作品だな」とも思っている。覚悟して観てください、ではなく、ただ、時間を確保してほしい。途中で止められなくなるから。

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体感点数:94点

作品情報:The Movie Database (TMDb)

公式トレーラー

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