The Accountant 2 が9年ぶりに連れ戻したのは、同じ男の同じ歩幅と、その下で確かに動いていた何かだった

ザ・コンサルタント2 映画レビュー
© The Movie Database (TMDb)

VISION ― 9年ぶりに戻ってきた男の、変わらなさと変わったところ

『The Accountant』の1作目を観たのは2016年の劇場だった。当時20代前半だった私は、ベン・アフレック演じる自閉スペクトラムの会計士兼殺し屋クリスチャン・ウルフという人物に、複雑な感情を抱いた。設定としては紋切り型だ。「数学に異常な才能を持つ自閉症の天才」というキャラクター類型は、当時すでに『レインマン』から30年近く再生産され続けていた。しかし1作目には、その類型を批評的に扱おうとする意志があった。クリスチャンの規則的なルーティン、感情表現の抑制、感覚過敏のディテールが、安易な「天才障害者」の物語に堕ちないギリギリの緊張感を保っていた。

2作目の冒頭、9年ぶりにクリスチャンが画面に現れたとき、私はまず「変わっていない」と感じた。同じトレーラーハウスのような移動式の住居、同じ朝のルーティン、同じ機械的な所作。ベン・アフレックの演技も同じ温度を維持している。これは前作のファンにとっては安心材料だが、同時に「9年の時間を、この人物にどう蓄積させるのか」という問いを観客に突きつける。続編の宿命だ。

The Pop Score

Rating based on impact and craft.

8.8

映像のトーンは1作目より一段暗い。撮影監督は前作と同じセオドア・シャピロ系列の落ち着いた色設計で、地方都市の冬の薄い光、コンクリート建造物の灰色、車内の黄色いランプ――それらが画面を満たす。アクション場面の演出は依然として実直で、CGに頼らずカメラが人体の動きを追う。私はこの「派手さを足し算しない」判断を評価したい。続編は往々にして前作のスケールを超えようとして失敗するが、本作はその誘惑を退けている。

EXECUTION ― 兄弟の物語に重心を移した判断

2作目で最も大きな構造的判断は、物語の重心をクリスチャン単独からクリスチャンと兄ブラクストン(ジョン・バーンサル)の関係に移した点だ。1作目のラストで再会を果たした兄弟が、本作では同じケースを別角度から追う設定になっている。これは前作で十分に語られなかった兄弟の絆をフォローする選択であり、同時に2人のキャラクターのコントラスト――数字と論理のクリスチャン、感情と腕力のブラクストン――をアクションに転用する装置でもある。

脚本は1作目の脚本家ビル・デュビュークが続投している。これは続編としての一貫性を保つうえで重要だ。前作の言語体系をそのまま延長して、同じテンポで物語を組んでいる。一方で問題もある。1作目の長所だった「捜査官メディナの視点で謎が徐々に解けていく」というミステリ的構造が、本作では弱まっている。観客は最初からクリスチャンとブラクストンの両方の視点を持ってしまうため、謎の引きが薄い。代わりに兄弟の関係性ドラマが時間を埋める。この交換が成功しているかどうかは、観客がどちらの要素を本作に求めるかで評価が割れるだろう。

アクション設計は質実剛健だ。1作目のラストでクリスチャンが直線的なファイティングスタイルを披露して以降、ベン・アフレックの体の動きは記憶しやすいフォームを獲得していた。本作ではそのフォームをブラクストンとの兄弟タッグに展開している。2人の戦闘リズムが噛み合うか衝突するか、その細かい描写が物語的な緊張感を担っている。アフレックは50代に入っており、若い頃の俊敏さは無いが、その重さがクリスチャンというキャラクターには合っている。

RESONANCE ― 自閉症表象という宿題

私が本作に対して複雑な気持ちを抱くのは、自閉スペクトラムの当事者表象という問題と、本作がどこまで誠実に向き合えているかという点だ。1作目の段階では、その問題への意識は感じられた。クリスチャンの規則性、感覚過敏、対人コミュニケーションの困難さを、戯画化せずにディテールとして描こうとしていた。しかし「自閉症の天才殺し屋」という設定そのものが、現実の当事者の生から距離があるという批判は当時から存在していた。

2作目では、その問題への踏み込みが浅い。クリスチャンの自閉スペクトラムの描写は前作のテンプレートをほぼそのまま使っており、9年間で当事者運動や表象論が進展した部分が反映されていない。これは本作が単なるアクション続編として作られたことの裏返しでもあり、ここに「期待との乖離」が生じる。私は1作目でこの人物に多面的な肖像を期待した。2作目はその期待を完全には満たさなかった。

ただし、兄弟の関係性のシーンでは、クリスチャンが感情を表現することの困難さが、丁寧に描かれている場面がいくつかある。特に終盤、ブラクストンに自分の幼少期について語ろうとして言葉に詰まる場面は、ベン・アフレックの抑えた演技が効いていた。この場面だけのために本作を観る価値はある。

DEPTH ― 続編が背負うべきものとは何か

続編という形式が問われるのは、前作で扱った主題を9年後にどう更新するかだ。クリスチャン・ウルフの物語は、神経多様性を持つ人間が暴力的な世界の中で居場所を見つけていくという主題を持っていた。本作はその主題を「兄との和解」に圧縮して提示しているが、社会的な視野はやや狭くなった。1作目で示唆された会計帳簿の世界、企業犯罪の構造、慈善団体を装った犯罪組織――そうした社会的な広がりが、本作ではほぼ家族劇に置き換わっている。

これを批判するのは容易だが、私はもう一つの読み方も提示したい。続編が選択するのは「主題を社会的に広げる」か「主題を個人的に深める」かのどちらかだ。本作は後者を選んだ。クリスチャンという1人の人物の内側に、もう少しだけ降りていく道だ。その判断は地味だが、誠実とも言える。派手な拡張ではなく、内向きの掘り下げ。観客の期待がどちらに向かっていたかで、評価が分かれる作品になっている。

IMPRESSION ― 私の温度感が△に着地した理由

本作を観終わった直後、私は満足と物足りなさが半々だった。アクションは安定して面白く、兄弟の関係性のドラマは要所で効いていた。しかし1作目で感じた「設定を批評的に扱おうとする意志」が、2作目では薄まっていた。クリスチャンという人物の特異性が、9年の時間を経て更新される機会は、ここではあまり活用されていない。それは本作の選択であり、間違いとは言えないが、私の期待とはずれていた。

数日経って残ったのは、終盤の兄弟の一場面だけだった。1作目を観た直後の数日とは違う。1作目は数年経っても折に触れて思い出していた。本作は時間の中で薄まっていく可能性を感じる。続編としての到達点が前作を超えていない、それが私の率直な印象だ。

CLOSING ― 誰に薦めるか、誰に薦めないか

1作目を未見の人には、まず1作目を勧める。本作だけを観てクリスチャン・ウルフという人物の輪郭を理解するのは難しい。1作目のファンには、再会の場として機能する作品だ。9年ぶりに彼に会うこと自体に意味がある人なら、本作の選択を許容できるだろう。アクション映画として手堅く、家族ドラマとしてもそれなりに機能している。ただ「1作目を超える何か」を期待して劇場に向かう人には、慎重に温度を伝えておきたい。

TEMPERATURE ― 温度感

△ 複雑

体感点数:72点

1作目で立ち上がった神経多様性表象の宿題が、9年経って深く更新されないまま、家族ドラマに圧縮された続編。アクションと兄弟関係の演出は手堅いが、私が1作目から持ち越していた期待とはやや乖離した。アフレックの演技と終盤の兄弟シーンに見るべきものはある。

この記事を書いた人

零(れい)

映画・アニメ・漫画を深く観るための考察ブログ FRAME ZERO の書き手。没入と批評の両立を目指している。感動すると素直に泣くし、演出の粗も気になる。最終的にはいつも人間に興味が行き着く。

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